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暁の神子1
声が聞こえる。私を呼ぶ声。遠いところから頭に直接響く声が。
台風が近づいている日の朝。臨時休校かと思われたが,何の連絡もなく,通常登校という事実に落胆しながら私は家を出た。大雨が降りしきる。役目を果たせていない傘で風にむかって歩いていた。
今日はジャージで授業だな。そんなことを思っていたら,後ろから声が聞こえた。危ない,と聞こえた気がした。ハッと我に返ると,川からあふれた水に飲みこまれた。
「暁の神子,見つけたぞ。」
息ができない,真っ暗な空間にその声が響いた。以前から夢に出てくる男の声だ。パッと目の前に炎が見えた。怪しい中年の男と祭壇が浮かび上がる。神社のようだった。男は宗教色の強い衣装を身にまとい,祈祷している。
(なに?私,川の水に流されたんじゃないの?)
「神子,こちらへ。我が許へ・・・黄天の世を共に」
「イヤ!!放して!」
男に腕をつかまれた。必死に振り払い,逃げる。遠くに光が見えた。あっちに行こう。不思議なことに男は追ってこなかった。吸い込まれるように光が私を包んだ。
(あ,まぶしい・・・あったかい)
「女,何者だ?間者か?新しい妾か?」
「え?なんて言ったの?」
目を開けると,裸の男が現れた。今度はビックリするほどのイケメンだ。あの男じゃなくてよかったと安心した。しかしイケメンとはいえ,裸の男が怖い顔をして外国語を話している。怖い。意味が分からない。後ずさるが,男がそれを許すわけもなく,拘束された。
「ま,どちらでもいいがな。気に入った。妾にしてやろう。」
男は躊躇なく,いきなり私の唇を奪った。キスなんて甘いものではなく,蹂躙するような荒々しい口付け。想像していたキスと全然違う。
「やめて!やめてよ!!」
「なんだ,喋れるではないか。」
「え・・・言葉,わかる・・・なんで」
「曹丕様,ご無事ですか?叫び声が」
「司馬懿か。この娘,お前の手配か?なかなか私好みだが」
「・・・いえ」
「では間者か?娘,名は?」
「橘真矢・・・あなたは?ここはどこ?あの,気持ち悪い男の仲間??」
「変わった名だな,どこの生まれだ」
「どこって日本だけど」
司馬懿と呼ばれた人の服装が,とても日本人の恰好には思えなかった。これはむしろ,古代中国の官服のようだ。中国の歴史ドラマでこういう恰好を見たことがある。
もしかしたらここは日本どころか現代ですらないのかもしれない。
(いやいや,いくら女子高生トリップが人気だからって,現実に起こるわけないじゃない)
「日本,どこだそこは」
「ここはどこなの」
「ここは許昌。魏の都,曹丕様の屋敷の,湯殿だ」
「魏って・・・三国志?黄天の世って言ってた,あの男,黄巾の乱?」
「黄巾だと?」
「私を,ここに呼んだおじさんが言ってた!黄天の世って」
「三国志とはなんだ」
「魏呉蜀で曹操孫権劉備で3つ国を作るんでしょ?ずっと昔の話・・・」
男たちは顔を見合わせた。
「ゆっくり話をきこう。」
曹丕はそういうと浴場から退出していった。
私は司馬懿に連れて行かれ,侍女に引き渡された。
「身なりを整えたら私の部屋に連れてこい。」
*
「お連れいたしました」
「入れ」
司馬懿の部屋に連れていかれると,服をきた曹丕がお茶を飲んでいた。
「座れ。真矢といったか。話を聞こう。内容次第では斬る。」
斬るって殺すってこと?
人を簡単に殺すなんて信じられないと思ったが,もしここが本当に古代中国だとしたら,今生きているのが奇跡的だ。怪しい女が風呂場に隠れていたなんて,その場で殺されるのが当たり前の世界だろう。
「お前,呼ばれたといったな。詳しく話せ」
「分からない・・・。気持ち悪いおじさんが,ずっと夢に出てきて,川の水に飲みこまれたらここにいて。途中で,真っ暗なのに,炎が見えて,その人が祈祷してた。暁の神子を見つけた,黄天の世を作るから自分のとこに来い・・・って。」
「腕をつかまれたんだけど,でも気持ち悪くて,振り払ったの。そしたらあそこにいた・・・」
腕をみると,指の形にあざができていた。
「暁の神子か・・・この娘が?」
「戦の女神を黄巾党が欲していても不思議はありません」
「ふん,黄巾党め,まさか本物だったとはな」
「暁の神子ってなんなの??」
「神話の御代には九天玄女,落ちては昇る暁の星の化身と言われている」
「天帝が地上に使わすとされている神の使いのことだ。だから神子と呼ばれる。天の力を授け,戦乱を終わらせると言い伝えがあるのだ。」
「そんなの・・・あるわけない」
「私も司馬懿も信じてはおらん。しかし,他国に暁の神子を渡すわけにもいかん。お前が嘘をついていないとすれば,少なくともお前を呼び出した黄巾教主の力は本物というわけだ。」
「でも,だからって」
「人心は救世主を求めるものだ。我々が信じずとも,愚者たちが崇め信じればそれは真実となる。」
「先ほどお前が口にした曹操というのは私の父の名だ。孫権というのは江東の虎孫堅の息子。劉備という名は聞いたことがないが,ただの小娘が江東の虎の息子の名を知っているだろうか?私にはそうは思えぬ。」
「私,多分,ずっと未来から来た・・・2000年くらい先。ほんとに三国志の時代だったらの話だけど」
「お前,私に仕える気があるか?私のそばで神子として働くなら,身の安全は保障しよう。」
「嫌っていったら,斬られるんでしょ」
「ここで斬ってやるのが慈悲だと分からんのか?お前一人で生きていくことはできまい?野たれ死ぬならまだ幸い。」
「待て司馬懿。脅して従わせても意味がない。」
司馬懿の言いたいことは分かった。三国志の時代,山賊なんていっぱいいるし,街中でも一般人同士ですぐ殺し合いになる。女は売られるか殺されるか,奴隷にされてやっぱり殺されるか。この時代の知識もない自分が一人で生きていけるとは思えなかった。
「ううん,分かった。私が暁の神子なのかはわからないけど,私はここじゃ一人で生きていけない。わたしまだ死にたくない。」
「では,お前はこれより私の神子だ。」
*
私は曹丕の屋敷で暮らすことになった。
侍女のみなさんは「旦那様がやっと女性を連れてきた」と喜んでお世話をしてくれているが,どうも嫁扱いされているようで居心地がわるい。違うと説明しても聞く耳を持ってくれないので,もうあきらめている。
「真矢,入るぞ」
「・・・ええと」
「なんだ」
「女性の部屋に,夜訪ねるって,マナー違反では・・・」
「私の家だ。文句言うな。不満ならお望み通り抱いてやるが」
「いえ,不満ありません。なんの御用でしょうか」
「普通に話せばいい。緊張されると私も話し辛い。お前の話が聞きたい」
「・・・いいの?偉い人なんでしょ?」
「お前には全ての無礼を許す。お前は我々の理の外にいるようだ。まぁ,外では気をつけろ」
「ありがと・・・実は,結構,不安だったの。いきなり,知らないとこで・・・」
「泣くな。どうすれば泣き止むのだ。子供のようだなお前は」
涙の止まらない真矢に,曹丕はどうすればいいか分からなくなった。自分の前で,女は常に笑みを浮かべ,取り入ろうとする。それが曹丕にとって「普通の女」だったのだ。曹丕は真矢を抱き寄せると,昔母がしてくれたように彼女を膝の上に乗せた。背中を撫でてやる。すっぽり彼の腕の中に納まった真矢は,小さな子供のようで,とても小さく感じられた。気の強い娘かと思いきや,不安でたまらなかったのだろう。
「う・・・お母さんに会いたい…日本に帰りたい・・・」
「同じ術者なら戻せるやもしれん。」
「・・・ほんと・・・?」
「確約はできん。術のことは分からんからな。だが,私のそばにいれば,いずれお前を呼んだ術者にも会えよう。お前は私の神子だからな,戦に連れて行ってやる。」
「戦・・・って,人が死ぬんだよね」
「お前の国にはなかったのか?」
「私の国は,もう何十年も戦争はなかった。外国ではやってたけど,全然実感なくて,人が死ぬなんてまだ一回もみたことない」
「平和な国で育ったのだな」
「ここは,平和にならないの?」
「いずれ,中華が統一されれば戦は終わる」
「なんで戦争なんてするんだろう・・・」
*
「失礼します。」
「司馬懿か。」
「真矢のことですが・・・どうされるおつもりで?」
「しばらくお前がついて教えろ。」
「それは構いませんが」
「まだ神子の件は内密にしておく。父にも気取られるなよ。」
「・・・昨夜,母に会いたいと泣いていた」
「それはそれは」
「お前が心配するのも分かるが,あれに間者は勤まるまい。平和ボケしすぎている。戦のない国から来たそうだ。身近な者も一人も死んだことがないらしい」
「まさか」
「間者でも,神子であっても,いつか国に返してやりたいと思っている。」
「曹丕様とは思えないお優しいお言葉ですな」
「そういう気分にさせる娘なのだ」
これは惚れたなと司馬懿は思った。冷酷と名高い曹丕の行いは一番側で見てきていた。風呂場で切り捨てても不思議はなかったのに,ここまで心をかけているところをみると,どうやら彼も人の子だったのだろう。真矢が間者だった場合自分が手を下そう。
*
曹丕は城での勤めが終わると司馬懿とともにやってきて,話をする。しばらく司馬懿を家庭教師としてつけてくれることになった。
正直,自分が暁の神子なんて大層なものとは思えなかったし,三国時代についての知識も人並み。軍略や歴史の流れなんか全く知らない。お世話になっておいて申し訳ないが,戦争において曹丕たちの役に立つなんて不可能だと思っている。
司馬懿が教えてくれる国のことなんかも,知らないことばかりだった。未来人なんて言ったって,何の役にも立たないんだなぁ。
「馬鹿めが,先日教えたばかりだぞ!この頭にはなにが詰まっているんだ」
「ごめんって!でも難しすぎる!司馬懿もさ,タイムスリップしてみたら分かるよ!全然常識なんか違うんだから!!!そんな怒んないでよ!」
「言い訳するから馬鹿なのだ!」
「いいじゃん!官職名なんかこれから覚えれば!!宮仕えするわけじゃないんだし。もっとお金とか,庶民の暮らしとか,そういうとこから教えてよ!」
「・・・そうだな。お前に普通の教育を施すのは無理があった。では市井を先に見せよう。」
「え!いいの?やった!」
「お城の中に町があるんだ」
「市場は危険だから,私から離れるなよ。」
「危険?」
「物取りや人さらいも多い。いきなり刺されて殺される」
「治安悪いんだね」
「こんなものだ。」
「だめだよ。もっとみんなが安心して暮らせるようにしないと。警察は?」
「いるにはいるがな,ほとんど兵士として戦にいっている。戦災孤児や傷病者も多い。そういう者が食いあぐねて犯罪を犯す。戦が長引けば長引くほど犯罪が増えるのだ」
「そっか・・・戦を終わらせるしかないんだね」
「曹丕。お庭に,畑作ってもいい?」
「畑?我が屋敷に畑だと・・・」
「ダメならいい・・・けど,うちの国では稲作は神官の勤めで・・・っていうか気晴らしに肉体労働したいっていうか・・・」
「・・・分かった。厩の横の土地をやろう。」
「わー!やったあ!ありがとう!!」
「お前,畑を作っているそうだな。」
「うん。見る?いい感じになったの。肥料もちゃんと作って,野菜育ててるよ」
「ほう,お前,農作の知識があるのか?」
「いや,なんも知らないよ。」
「日当たりがいいのか・・・?やけに実りがいい気がするが」
「ほら,いい土地にはケイ素リンカリウムがいるでしょ。実は曹丕に内緒で肥料作ってて・・・あ,秘密よ。あの人そういうの嫌がりそうだから。」
「ふむ・・・未来人・・・か。真矢,曹丕様に叱られず堆肥をしたくはないか?」
「あれ?」
「なるほど,落ち葉と牛馬の糞ですか」
「あと,二毛作かな?3毛作もいけるかな。麦と大豆と米?」
「許昌は北方ですので,米より麦がよいでしょう。」
「どうだ?神子の話は役に立ちそうか?」
「ええ!我が国の食料事情が大幅に改善しそうです!すぐに肥料作りに取り組みます。神子殿はどこでこのような知識を・・・」
「神から遣わされたのだ。天帝のご加護であろう。」
「あんなんで良かったの?大丈夫かな・・・」
「まぁ,期待はしていない。我が国は食糧不足が深刻でな。藁にもすがる思いなのだ。お前の馬鹿は師である私がよく知っている。ダメでもともとだ。」
「うーん,うれしいような,悲しいような」
「安心しろ。麦が育つころ,お前はもうこの国にいないかもしれん。」
「え」
「黄巾党討伐の命が下ったのだ。約束だ,お前も連れて行く。」
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