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癒える記憶 FE封印
クラリーネ19歳とパーシバル28歳
癒える記憶
王宮に音楽が溢れている。パーシバルは久々に夜会を訪れた。今夜はミルディン王子の招待だ。終戦慰霊の式典を控えた身内だけの舞踏会だが、普段のように多忙を理由に欠席するわけにはいかない。
盛装したのはギネヴィア女王の即位式以来だろう。彼はエトルリア代表としてベルンに招かれた時のことを思い出した。戦後間もないあの頃に比べると、なんと日々の穏やかなことだろう。人々の表情にもはや戦いの陰りはない。
大方の挨拶を終え、慣れない社交辞令に疲れをおぼえたころ、人気のないテラスに見知った少女をみつけた。
パーシバルはあまり少女と親しいとは言えなかったが、クレインの妹姫で共に大戦をくぐり抜けた程度には親交がある。あの社交好きの姫がひとりでいるのには違和感があった。
ウエイターからシャンパンを2つ受け取り、星空を眺めるクラリーネに声を掛けた。子供にシャンパンは良くなかったと一瞬後悔した。
「君がこんなところにいるとは珍しいな。」
「すぐに戻りますわ。少し疲れましたの。今夜は星がきれいですわね」
記憶の中の少女は、貴族の娘らしく気位の高いかおをしていたが、目の前の少し大人びた少女は今にも泣きだしそうな不安げなかおをして微笑んだ。まずいところに声をかけてしまっただろうか。パーシバルは女性の機微が読める性質でも、差しさわりのない会話をする技術もなかった。
「元気がないな」
「大切な方がなくなった日ですから」
シャンパンをゆっくりと飲み干すだけで、クラリーネの肌は淡く紅潮する。少女のわりに酒の飲み方を知っているなと感心したが、よく考えれば彼女はすでに社交界デビューを果たし、酒も夜会も日常のものなのだ。忙しさに忘れそうになるが、終戦から既に4年が経っている。
彼女にとってはまだ4年なのだろうか。多くの死者を出してあの動乱で、パーシバルもまた多くの知己を失ったが、クラリーネは最も愛しい者を亡くしていた。
「ルトガーか…」
「ご存じでしたの」
「ああ、仲間のことはよく思い出す。軍人でも友人の死は慣れないものだ。君のような姫君には辛い出来事だろう」
パーシバルは剣士を思い出す。彼のそばには幼かった少女の姿がいつもあった。当時は特に気にも留めなかったが、あのときの彼女は幸せそうに笑っていた。
クラリーネはずいぶんと大人びた表情でパーシバルに笑いかける。そっと触れられた手は夜風に冷えていた。
「わたくしだけではないのですわ。大切な方を失ったのは、わたくしだけではないのです。でも、この日が来ると、胸が切り裂けそうになりますの。ふふ…ルトガーに叱られてしまいますわね」
あれは一瞬のことだった。あのときパーシバルは彼らのすぐ近くで戦っていた。不意にあらわれた竜騎士の槍が、クラリーネをかばったルトガーの急所をとらえた。回復しない傷にすがりついて何度も杖をかかげる少女がいまでも目に焼き付いている。気付くのがあと10秒早ければ、彼を救えたかもしれない。
しかしそれも過ぎ去った話だ。
あと数日で終戦だった。気丈にふるまう妹が可哀相だとクレインが呟いていた。
「彼は後悔しないといいましたの。でもわたくしは後悔ばかりですわ」
もう4年も経つのにとクラリーネは僅かにこわ張った笑みで視線を逸した。星明かりにまつげの水滴が輝いている。涙を隠そうとする少女にパーシバルは胸が痛んだ。なんとかしてやりたいと思う反面、自分にはなにもできないことが彼を締め付ける。
「ミルディン様にも気をつかわせてしまって、こんな夜会まで開いていただきましたわ。皆さまルトガーのことには触れませんけど、こうして彼の話をさせていただけてうれしいですわ。もしかしたら彼の思い出を話したかったのかもしれません。長い間、言葉にすることができませんでしたの」
「彼の名をだしていいものか迷った。だが君の気持ちが少しでも軽くなったなら良かった」
クラリーネは明るくパーシバルに笑いかけた。わずかに幼さを残す笑顔に、紫の瞳は驚くほど大人の色をみせる。4年前とは違う。
彼女は日々成長し、もうあのわがままな世間知らずの姫ではなくなっていた。人を愛することを知った少女は大人の予想より遥かに女なのだ。彼女を変えたのは彼であり、彼の死だ。誰が忘れても、クラリーネだけはあの剣士が生きていたことを忘れることはないだろう。
「ルトガーだけを想い続けるようと思っていましたの。でも、彼に言われたことを思い出しました。結婚して、子どもをうんで、幸せになれ、と。俺の分まで生きろ…と。あの無口なルトガーがですわよ」
音楽が終わる。急に静かになった離宮にわずかな喧騒がカーテンの奥から聞こえた。
クラリーネが息を飲むのが分かった。白く細い首筋は、噛み付けば真っ赤な痕が美しかろう。
泣くのだろうか。
パーシバルは少女の瞳が揺れたことを見逃さなかった。抱きよせ、せめて一人で泣かずにいられるようにしてやりたいと感じた。
「わたくし決めましたわ。悲しむのは今夜でおわり。ルトガーが安心して眠れるくらい、幸せになってみせますわ」
花のように、という表現がふさわしい笑顔で、クラリーネは微笑んだ。涙はもう零れない。
彼女の手をとりパーシバルは光のもとに戻っていった。
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