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トリコ アラスカ査問会終盤
悔しくて爪が手のひらに食い込んでいた。ろくな補給もないまま、身命を賭してここまでたどり着いた部下に対する言葉ではない。
このような扱いを受けるために、犠牲を出しながら、また敵を犠牲にしながら生き延びたのだろうか。
「サザーランド大佐、お言葉ですが、補給の不手際は本部の責任ですよ。私の部下たちを責める権利はあなた方にはありません。そちらがその態度であるなら、私はそちらの責任を報告せざるを得ません。」
「ジン大佐。これは参謀本部の意見なのです。お父上の言葉、受け止めて頂かなくては。それに…」
「おい、イオリ、もうやめろ。」
食ってかかる勢いの私をフラガさんが止める。肩を握る手。この手が、艦を守ってくれたというのに私は名誉を守ることすらできないでいる。
「お、婚約者殿であるアズラエル理事と、通信が繋がっています。このままお話下さい」
「こんなときに…!婚約なんて私は了承した覚えはありません!査問会の最中ですよ!」
モニタに金髪の男が映し出された。フラガは自分より少し年上だなと思った。
自分とイオリでさえ9歳も年が離れている。そのせいで、気持ちのブレーキを必死に踏んでいるというのに、この男はなんだ。
イオリの人生や、健全な成長を考えれば、自分たちのような年上の男が気軽に手を出していいものではないのだ。
「そう怒らないで下さいよ、イオリさん。本部にはあとで処遇を見直すように進言してあげますから」
フラガは怒りが体に満ちるのを感じた。ムルタ・アズラエル。アズラエル財閥といえば軍事産業で有名な死の商人だ。ブルーコスモスの盟主でもある。軍トップの娘であるイオリに、こんな奴と結婚話が出るほど軍はブルーコスモスに染まっているのだ。
「アズラエル理事、今は査問会の途中です。個人的なお話でしたらいずれ」
「イオリさん、あなたね、月本部に転属してもらうことになりました。戦争ももう終盤です。私も月に上がるので、次に会うときは結婚式ですよ。アルテミス神殿で盛大に執り行いましょう。」
「なっ…!イオリはまだ19だぞ!あんた幾つだよ!」
「フラガ少佐、黙っていてください。私の問題です。」
この男がフラガさんに目を付けられることは避けたかった。何をするか分からない男だ。エースパイロットでさえ、彼にとっては替わりの効く駒でしかない。
「命令には従いますが、結婚は個人の問題です。私は軍人です。明日死ぬかもしれない身だと、お断りしているはずですが」
「君の父上も、祖父君も、お許し下さいましたよ。私はあんたが欲しいんです。今まで待ったんですから、もう軍は辞めて、次の戦場は政治の舞台ですよ。私の妻としてね。あなたを抱く日が待ち遠しいですね。その勝ち気な目が、潤む様を早く見たい。願わくば、あなたが私を愛してくれると嬉しいですねぇ」
「…!」
「おっと、時間が来てしまった。では婚約者殿、次会ったときは熱い抱擁を期待していますよ。」
通信が切れる。私は恐ろしくて後ろを振り向けなかった。艦長たちはもちろん、フラガさんの顔を見る勇気が持てなかった。あんな男の妻になる未来なんて、フラガさんにだけは知られたくなかった。あの男に組み敷かれ、無理やり抱かれる様を想像してしまった。吐き気と自己嫌悪が止まらない。なぜこんな場で公開セクハラを受けねばならないのか。二人のときならいいという訳ではないが、将官たちの視線の嫌らしさは精神力をえぐるには十分だった。
私が真実結ばれたい相手は、13のころからムウ・ラ・フラガただ一人なのに。
「お熱いことですな。大佐は若くお美しい。今はまだ親しみをもてなくても、夫婦として暮らしてみると案外愛情を感じるものですよ。アズラエル理事がお相手とは、羨ましい。」
サザーランド大佐は下卑た笑みを見せた。彼は私の秘密を知る数少ない人物だ。そして彼はブルーコスモス。私のことが憎くてたまらない者の一人だろう。忌み嫌うコーディネーターの娘が、ブルーコスモスの盟主に好きにされるというのは、彼らのプライドを満たすのに十分なもののようだ。
「査問会は終わりでよろしいですか」
「ええ、お疲れ様でした。あ、転属の話ですが大佐は月本部へ。他の者はこちらに記載しています。明日、連絡船に遅れないように。」
査問室という名の戦場をあとにする。ドッと疲れが体を襲った。自重を支えきれず、壁にぶつかり、そのままうずくまってしまった。
こんなことでは、みんなを不安にさせてしまうのに。私が彼らに出来ることは、あまりにも少ない。不甲斐ない私を、年少のお飾りの上官を支え、助けてくれたみんなの前では、せめて強い上官でありたかった。彼らの名誉を守れるくらいの。
「みなさん、ごめんなさい、私の力が及ばず、嫌な思いを…」
「ジン大佐、あなたのせいじゃありません!あれは、もう、決まっていたこと…でしょう」
「その通りです。大佐は精一杯我々を守ってくれました。」
「艦長…中尉…」
「ラミアス少佐、辞令だ。伝えておけ」
サザーランド付きの補佐官が一枚の紙を手渡した。
イオリの月本部への転属のほかに、フラガのカルフォルニア転属、ナタルとフレイの月への転属命令が記されていた。
「なっ…俺がカルフォルニアで教官?!バカな」
「離されましたね。アズラエルは、士官学校時代から、私とフラガさんのことをよく思ってなかった…」
「なんだってんだ。俺もイオリもいなけりゃ、誰が艦を守るんだよ?」
憤りを隠せなかった。
どんなに上手くMSを駆ったところで、私の処遇なんて簡単に決められてしまう。
「イオリ、大丈夫か?立てるか?」
「すみません、大丈夫です」
立ち上がろうとしたが、吐き気で更にうずくまってしまった。
「…艦長たちは先に戻っててくれ。落ち着いたら、抱えて戻るから」
「分かりました。中尉、行きましょう」
フラガさんが背中をさすって体を支える。なにも言わずに二人にしてくれたことに感謝した。こういう査問室の近くには待機のための空間が準備されているものだ。彼はそこまで私を連れて行くと、自販機で水を買ってくれた。
一口飲む。
冷えた水が胃にしみるようだった。
「大丈夫か?…いや、大丈夫じゃないよな。ちょっと横になれ。」
ベンチに横たえられる。へたった皮の長いすだったが、立っているより幾分ましだった。壁側に横向に寝ると、彼の表情は見えない。私の顔も見えない。
ふわっと、からだに温かいものがかぶさった。フラガさんの上着がかけられていた。
温かい。
彼のいい匂いがした。
髪を撫でられ、その心地よさに目をつぶる。優しい手。士官学校で出会ってから、ずっと変わらない。
「お前、結婚するのか、あいつと」
「…しません」
「政略結婚ってやつだよな」
「しません…」
言ってしまいそうだった。
「あなたが好きです」と。
あなた以外と結婚なんて、死んだ方がましだと。
「あいつ、幾つ?」
「たしか、私より11歳年上です」
「おっさんじゃねえか」
「…おっさんじゃ、ないですよ、年は、そんなんじゃないですよ」
以前、フラガさんにいわれた言葉を思い出す。「ちゃんと同世代と恋愛して、大人の欲望の的になったらだめだ。」守られていた。彼だけは、私を守るべき子供として守ってくれていた。私のめちゃくちゃな人生が、これ以上歪まないですむようにと。
*
子供は守らねばならない。ずっとそう思ってきた。同僚であっても、いつの間にか上官になっていたとしても、年下というものは年長者がよい道に導いてやらねばならない。
大人ばかりの士官学校にたった13歳のイオリが同期としていた。ただでさえ異質なうえ、その頃から完成された美しさだった。同期たちの下品な発言もあった。俺はそういう目をローティーンに向ける奴が大嫌いで、俺よりまともな奴がいないなら、せめて卒業までは俺が守ってやろうと思ったのだ。
イオリも意図を理解していたようで、態度や発言には気をつかっていた。俺にロリコンの噂をたてないようにしたかったのだろう。兄のように妹のように過ごした2年間だった。
月面戦線で再会したときに、彼女は18になっていた。手を出しても責められる年齢ではなかったが、自分の気持ちよりイオリの人生が大切だと思ったから、今まで想いを押し殺してきた。
それをなんだ。
俺より年上で、俺よりイオリを大切に出来そうにない男が力で奪っていこうとしている。
俺のほうがイオリを幸せにできる。
俺のほうがイオリを愛している。
溢れ出しそうになる感情。声をだすと、そのまま言葉にしてしまいそうで黙っていることしか出来なかった。
「私、しませんから…結婚なんて、しません」
「ああ、しなくていい」
「フラガさん…」
イオリがこちらを見ていた。
半身を起こし、少し涙で揺れた目でこちらをみている。
ゴクリ。
唾をのんだ。
「そろそろ、戻りましょう。だいぶ良くなりました。荷物、まとめないといけま
せんね」
告白されるかと思った。
そうだな、と消化不良の返事をして、アークエンジェルに戻った。
途中、会話はなかった。
このような扱いを受けるために、犠牲を出しながら、また敵を犠牲にしながら生き延びたのだろうか。
「サザーランド大佐、お言葉ですが、補給の不手際は本部の責任ですよ。私の部下たちを責める権利はあなた方にはありません。そちらがその態度であるなら、私はそちらの責任を報告せざるを得ません。」
「ジン大佐。これは参謀本部の意見なのです。お父上の言葉、受け止めて頂かなくては。それに…」
「おい、イオリ、もうやめろ。」
食ってかかる勢いの私をフラガさんが止める。肩を握る手。この手が、艦を守ってくれたというのに私は名誉を守ることすらできないでいる。
「お、婚約者殿であるアズラエル理事と、通信が繋がっています。このままお話下さい」
「こんなときに…!婚約なんて私は了承した覚えはありません!査問会の最中ですよ!」
モニタに金髪の男が映し出された。フラガは自分より少し年上だなと思った。
自分とイオリでさえ9歳も年が離れている。そのせいで、気持ちのブレーキを必死に踏んでいるというのに、この男はなんだ。
イオリの人生や、健全な成長を考えれば、自分たちのような年上の男が気軽に手を出していいものではないのだ。
「そう怒らないで下さいよ、イオリさん。本部にはあとで処遇を見直すように進言してあげますから」
フラガは怒りが体に満ちるのを感じた。ムルタ・アズラエル。アズラエル財閥といえば軍事産業で有名な死の商人だ。ブルーコスモスの盟主でもある。軍トップの娘であるイオリに、こんな奴と結婚話が出るほど軍はブルーコスモスに染まっているのだ。
「アズラエル理事、今は査問会の途中です。個人的なお話でしたらいずれ」
「イオリさん、あなたね、月本部に転属してもらうことになりました。戦争ももう終盤です。私も月に上がるので、次に会うときは結婚式ですよ。アルテミス神殿で盛大に執り行いましょう。」
「なっ…!イオリはまだ19だぞ!あんた幾つだよ!」
「フラガ少佐、黙っていてください。私の問題です。」
この男がフラガさんに目を付けられることは避けたかった。何をするか分からない男だ。エースパイロットでさえ、彼にとっては替わりの効く駒でしかない。
「命令には従いますが、結婚は個人の問題です。私は軍人です。明日死ぬかもしれない身だと、お断りしているはずですが」
「君の父上も、祖父君も、お許し下さいましたよ。私はあんたが欲しいんです。今まで待ったんですから、もう軍は辞めて、次の戦場は政治の舞台ですよ。私の妻としてね。あなたを抱く日が待ち遠しいですね。その勝ち気な目が、潤む様を早く見たい。願わくば、あなたが私を愛してくれると嬉しいですねぇ」
「…!」
「おっと、時間が来てしまった。では婚約者殿、次会ったときは熱い抱擁を期待していますよ。」
通信が切れる。私は恐ろしくて後ろを振り向けなかった。艦長たちはもちろん、フラガさんの顔を見る勇気が持てなかった。あんな男の妻になる未来なんて、フラガさんにだけは知られたくなかった。あの男に組み敷かれ、無理やり抱かれる様を想像してしまった。吐き気と自己嫌悪が止まらない。なぜこんな場で公開セクハラを受けねばならないのか。二人のときならいいという訳ではないが、将官たちの視線の嫌らしさは精神力をえぐるには十分だった。
私が真実結ばれたい相手は、13のころからムウ・ラ・フラガただ一人なのに。
「お熱いことですな。大佐は若くお美しい。今はまだ親しみをもてなくても、夫婦として暮らしてみると案外愛情を感じるものですよ。アズラエル理事がお相手とは、羨ましい。」
サザーランド大佐は下卑た笑みを見せた。彼は私の秘密を知る数少ない人物だ。そして彼はブルーコスモス。私のことが憎くてたまらない者の一人だろう。忌み嫌うコーディネーターの娘が、ブルーコスモスの盟主に好きにされるというのは、彼らのプライドを満たすのに十分なもののようだ。
「査問会は終わりでよろしいですか」
「ええ、お疲れ様でした。あ、転属の話ですが大佐は月本部へ。他の者はこちらに記載しています。明日、連絡船に遅れないように。」
査問室という名の戦場をあとにする。ドッと疲れが体を襲った。自重を支えきれず、壁にぶつかり、そのままうずくまってしまった。
こんなことでは、みんなを不安にさせてしまうのに。私が彼らに出来ることは、あまりにも少ない。不甲斐ない私を、年少のお飾りの上官を支え、助けてくれたみんなの前では、せめて強い上官でありたかった。彼らの名誉を守れるくらいの。
「みなさん、ごめんなさい、私の力が及ばず、嫌な思いを…」
「ジン大佐、あなたのせいじゃありません!あれは、もう、決まっていたこと…でしょう」
「その通りです。大佐は精一杯我々を守ってくれました。」
「艦長…中尉…」
「ラミアス少佐、辞令だ。伝えておけ」
サザーランド付きの補佐官が一枚の紙を手渡した。
イオリの月本部への転属のほかに、フラガのカルフォルニア転属、ナタルとフレイの月への転属命令が記されていた。
「なっ…俺がカルフォルニアで教官?!バカな」
「離されましたね。アズラエルは、士官学校時代から、私とフラガさんのことをよく思ってなかった…」
「なんだってんだ。俺もイオリもいなけりゃ、誰が艦を守るんだよ?」
憤りを隠せなかった。
どんなに上手くMSを駆ったところで、私の処遇なんて簡単に決められてしまう。
「イオリ、大丈夫か?立てるか?」
「すみません、大丈夫です」
立ち上がろうとしたが、吐き気で更にうずくまってしまった。
「…艦長たちは先に戻っててくれ。落ち着いたら、抱えて戻るから」
「分かりました。中尉、行きましょう」
フラガさんが背中をさすって体を支える。なにも言わずに二人にしてくれたことに感謝した。こういう査問室の近くには待機のための空間が準備されているものだ。彼はそこまで私を連れて行くと、自販機で水を買ってくれた。
一口飲む。
冷えた水が胃にしみるようだった。
「大丈夫か?…いや、大丈夫じゃないよな。ちょっと横になれ。」
ベンチに横たえられる。へたった皮の長いすだったが、立っているより幾分ましだった。壁側に横向に寝ると、彼の表情は見えない。私の顔も見えない。
ふわっと、からだに温かいものがかぶさった。フラガさんの上着がかけられていた。
温かい。
彼のいい匂いがした。
髪を撫でられ、その心地よさに目をつぶる。優しい手。士官学校で出会ってから、ずっと変わらない。
「お前、結婚するのか、あいつと」
「…しません」
「政略結婚ってやつだよな」
「しません…」
言ってしまいそうだった。
「あなたが好きです」と。
あなた以外と結婚なんて、死んだ方がましだと。
「あいつ、幾つ?」
「たしか、私より11歳年上です」
「おっさんじゃねえか」
「…おっさんじゃ、ないですよ、年は、そんなんじゃないですよ」
以前、フラガさんにいわれた言葉を思い出す。「ちゃんと同世代と恋愛して、大人の欲望の的になったらだめだ。」守られていた。彼だけは、私を守るべき子供として守ってくれていた。私のめちゃくちゃな人生が、これ以上歪まないですむようにと。
*
子供は守らねばならない。ずっとそう思ってきた。同僚であっても、いつの間にか上官になっていたとしても、年下というものは年長者がよい道に導いてやらねばならない。
大人ばかりの士官学校にたった13歳のイオリが同期としていた。ただでさえ異質なうえ、その頃から完成された美しさだった。同期たちの下品な発言もあった。俺はそういう目をローティーンに向ける奴が大嫌いで、俺よりまともな奴がいないなら、せめて卒業までは俺が守ってやろうと思ったのだ。
イオリも意図を理解していたようで、態度や発言には気をつかっていた。俺にロリコンの噂をたてないようにしたかったのだろう。兄のように妹のように過ごした2年間だった。
月面戦線で再会したときに、彼女は18になっていた。手を出しても責められる年齢ではなかったが、自分の気持ちよりイオリの人生が大切だと思ったから、今まで想いを押し殺してきた。
それをなんだ。
俺より年上で、俺よりイオリを大切に出来そうにない男が力で奪っていこうとしている。
俺のほうがイオリを幸せにできる。
俺のほうがイオリを愛している。
溢れ出しそうになる感情。声をだすと、そのまま言葉にしてしまいそうで黙っていることしか出来なかった。
「私、しませんから…結婚なんて、しません」
「ああ、しなくていい」
「フラガさん…」
イオリがこちらを見ていた。
半身を起こし、少し涙で揺れた目でこちらをみている。
ゴクリ。
唾をのんだ。
「そろそろ、戻りましょう。だいぶ良くなりました。荷物、まとめないといけま
せんね」
告白されるかと思った。
そうだな、と消化不良の返事をして、アークエンジェルに戻った。
途中、会話はなかった。
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