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tueto hum pa

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トリコ 虎との邂逅

「エンディミオンの鷹と、よもや地球軍の姫君とこんなところでお会いできるとは。なんたる幸運でしょう。」


アル・ジャイリーは仰々しくもろ手を挙げた。



「どうですかな、価格から2割り引きますので、今夜のパーティーに出席されませんか。もちろん、身分は隠して。」
「大変なお申し出ですが、我々が長時間艦から離れるわけには参りません。」
「心配ありません。そのパーティーにはあの砂漠の虎も出席されます。今夜は平和な夜になりますよ。」


「どうする?」
「支払いが法外なので、少しでも安くなるなら助かりますが…」
「しかし俺たち二人が不在ってのは…」
「…虎の情報を集めるのにもいい機会かもしれません。こちらにはヤマト少尉がいますから、何かあっても対応は可能かと」

「服はこちらで用意させていただきましょう。我が家の客人ということにして、そうですね、軍事産業のご令嬢とその婚約者…という設定はいかがですかな。」
「わかりました。しかし、なぜこのようなことを?」
「ただの戯れですよ。姫のドレス姿を見てみたくなりましてね。」


この男は本当のことは話さない。
納得はしなかったが、支配層独特の暇つぶしなのは確かだろう。



「お、似合うじゃないか。初めてみるな、そんな格好は」



用意された衣装はイスラム圏ということもあり、肌の露出の少ない、ハイネックのドレスだった。夜空色の布地に金糸で細やかな刺繍がされている。腕や首もとはレースになっており、隠している分よっぽど扇情的なのではないかと感じた。



「フラガさんもお似合いですよ。」



彼は簡素なタキシードだ。彼の鍛えた体によく似合っている。
私は薄いベールを被り、準備完了と彼のエスコートを受けた。



「フラガさんってのは良くないな…オヤジの名が、アルって言うんだ。この国には馴染むだろ?」


アル・ジャイリーの顔を思い出す。中東にも西洋にも多く見られる名だ。


「そうですね、では私はイリーナと。母の名です。」
「了解。平和の女神様か」
「笑っちゃいますね。」








「こちら、お忍びでいらっしゃっている私の客人です。とある軍事産業のご令嬢とそのご婚約者殿でいらっしゃいます。」
「ごきげんようムッシュ」
「ごきげんようマドモアゼル。アンドリュー・バルトフェルドだ」



バルトフェルドは私の手の甲に口付ける。タキシードの趣味もいい。オシャレな人物のようだ。



「イリーナです。こちらはアル。」
「こんばんわ、婚約者殿。羨ましい限りですな。まるで月の女神のような女性だ」
「幸運に自分でもびっくりですよ。」
「今夜は大佐はお一人ですか?お珍しい」
「ええ、彼女はちょっと調子が悪いようでして。置いて来ました。」



決まったパートナーがいるのだろう。虎がどのような女性を選ぶのか見てみたかったなと思った。






「イリーナさん、少しお話しても?」


パーティーの喧騒に疲れてしまい、私はバルコニーで涼んでいた。砂漠の夜は冷えるが、ここは盆地のせいか肌寒さは感じなかった。


バルトフェルドがシャンパンを持ってやってきた。遠目でも均整のとれた体躯をしている。肉弾戦もお手の物だろう。万が一、格闘になったら勝ち目はないなと想像した。



私はシャンパンを受け取ると不安を否定するようにニコリと微笑んだ。敵のことを知るいいチャンスだ。



「ええ喜んで」



「何か食べるものを持ってきますよ」
「お、気がきくねえ。安心して、僕には愛するパートナーがいますから」
「ははは…」



フラガさんはウインクして会場に去っていった。軽く乾杯を交わすと、飲み慣れないアルコールが喉を熱く流れていった。他愛もない話をしていると、ベールが風で舞い上がった。バルコニーのすぐ下の庭園に落ちた。



「あ…」
「飛んでいってしまったね、一緒に取りに行こう」






「こんなところに来るなんて、君も訳ありだろう」
「ええ、アル・ジャイリー氏の戯れです」



「それだけじゃない。君も、彼も、鍛えられた体をしている。富裕層のジム通いではつくれない、美しい筋肉だ」
「そんなところ、見ていらっしゃるんですね」
「セクハラかな。失礼。僕は口が軽くて、いつも叱られるんだ。」



「君の本当の名は知らないが、心の中を当てて見せよう」
「ええ?」
「僕は今でこそ軍人なんかやっているが、本職は心理学者なんだ。君はつい気になってしまう、そんな目をしているよ。患者としてね。」

「彼は、本当の婚約者ではないね。婚約という言葉に嫌悪感を感じている。嫌な相手でもいるのかな。しかし、彼のことは愛している。が、伝えられない事情がある」
「…ムッシュ、それは…」
「答えなくていいよ。僕の戯れに付き合ってもらいたいだけだ。」



「彼も君のことをとても大切に思っているね。僕からも、この会場の誰からも君を守ろうとしていた。実に自然だったが、僕の目はごまかせない。愛は溢れるものだからね。」
「立場は君のほうが上だね。ご令嬢だからかな?パーティーでの振る舞いも慣れたものだ。彼も、慣れているようだが、最近のものではない。おそらく幼少期の経験だな。」
「乗り気のしないパーティーだが、ジャイリーの誘いを断れない事情と、ここで得られる何かがあった…それは、僕かな?地球軍のお姫様」
「…なんでも分かってしまうんですね」
「ただの推測だよ。ジャイリーは明けの砂漠にも商品を卸している。君の正体を知って、この遊びを思いついたんだろう。悪い趣味だ。ほら、僕らをみているよ。」
「私を捕らえますか?」
「なぜ?戦争中でもね、交流は必要だ。相手を知って、自分を知る。終戦後に友情が芽生えることは古くからよくあることだ。僕のことも少し知って欲しかったんだ。」
「命のやり取りをする相手を知ってしまうのは、辛くはありませんか」
「それが戦争というものだ。戦場では、お互い、守りたいものを守るため戦おう。」
「あなたは、面白い方ですね。彼に少し似ています。」
「彼、そんなにいい男なの?そんな男は貴重だよ。僕らにも婚姻統制なんてものがあるがね、愛する人と結ばれたほうがいい。君は自分を殺すことに躊躇がない人間だ。望まない結婚はしてはいけないよ。」
「私は…事情があって…、その」
「…家族と秘密、与えられた責務、選べぬ人生、愛をくれる男、守りたい仲間…あまりいい状況でも精神状態でもないね。ま、若いエリートにはありがちだが…君は少し背負いすぎかな。彼に思いを伝えたら?」
「迷惑はかけられません」
「ほら、瞳から愛情が溢れ出している。僕にしてみれば、彼のガマンには頭が下がるよ。こんなに魅力的な女性が、自分を見つめてくるなんてね。ガマン強いのも問題だな」



虎はふむ、と顎に手をかけ考えるそぶりを見せた。



「彼は君をいろんなものから守りたがっている。例えば、大人の欲望からとかね。自分も含まれているのかな。年の差を考えているのか。いい男だ。なかなか出来ることじゃないよ。君、いくつになった?」
「19…」
「もう立派な大人だ。自分の人生を生きていい。生きるのも、死ぬのも、隣り合わせだろ?」



ベールを拾ってバルコニーにゆっくりと戻る。フルートグラスにはまだシャンパンが半分以上残っていた。



「すまんね、こんな話をするつもりじゃなかったんだが、つい気になってしまってね。」
「私も、あなたのこと少し分かったかもしれません。戦場でないところで会いたいものです。」
「それは、僕も同じだよ」




「まだ早かったかな?摘まみやすいものをお持ちしましたが」
「ああ、ありがとう。楽しい時間になったよ。婚約者殿を独り占めしてすまなかったね、それはふたりでいただいてくれ」
「いえ」






帰りの車の中で、フラガさんは心配そうにこちらを覗き込んだ。顔の距離に心臓が跳ねる。



「あのとき、話し込んでたから戻らなかったが…大丈夫か?少し様子が変だ」
「あ…立派な人でした。軍人とは思えない方で、…いろいろ言い当てられてしまいました。」



我々の正体も、と呟く。彼はあまり驚かなかった。



「やっぱりバレてたか」

「…やりにくくなったか?」
「いえ、守りたいものをお互い守ろうと言っていました。」
「守りたいもの、ね」
「…守りたいもの…」



ふと、シートに置いた指先が触れる。
小指の先だけが、重なった。熱い。バルトフェルドの言葉が頭から離れない。愛は溢れ出すものだと。



この指先の熱が愛なのだろうか?溢れ出る熱量。



こんなに熱いのに、フラガさんは微動だにしない。気にならないだけなのかもしれない。狭い車内、指先、パーティーのあとのほんの少しのアルコール。



小指の先から熱い熱い熱が全身に巡る。鼓動に合わせ、強く脈打つ。初陣の戦場より熱い、命の激流。



ほんの5ミリメートルの指先に全身の神経が集まっているようだった。



フラガさん、私はあなたが好きです。




口を開くと、このまま言ってしまいそうだった。シャンパンのせいにして、疲れのせいにして、口を噤んだ。



私の愛は、秘めることだと思った。
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